interview
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シニアデザイナー、フィオン・グリフィスさんに聞く

Liberty Japan Co., LTD.

リバティプリントを手掛けるデザインチームで活躍するフィオン・グリフィスさん。ウェールズの出身である彼女は、学生時代から自分のルーツを大切にしながらも他国の文化も柔軟に受け入れ理解し、クリエーティビティの糧としてきました。その成果が、今リバティ社で花開き、日本への愛にもつながっています。

故郷の文化が、 創造性の出発点

英国は4つの「国」から形成されています。イングランド、スコットランド、北アイルランド、そしてフィオンさんの故郷のウェールズです。ウェールズはかつてはテキスタイルの名産地として知られ、幾何学模様を織り込んだ毛織物は特に有名でした。しかし近年それらは衰退の一途をたどり、過去に300以上あった工場は現在はたった12だけ。「でも、だからこそ、ウェールズのアイデンティティともいえるその技法を学ぼうと決心したのです」。 美術大学では織物を専攻。ウェールズで生産されたウールを自らのレシピで作り上げた染料で染め上げ、それらを巧みに組み合わせ、古き良き時代の技法を踏まえながらもウェールズの毛織物の新しいかたちを模索し続けました。大学卒業後はイタリアのコモにあるオートクチュール専用の織物工場に勤務。そこで織物とともにプリントのデザインも手掛けるようになっていったそうです。このふたつはどちらもテキスタイル関連とはいえ、まったく違う分野。とはいえ「それまで自分が学び得てきた織物のデザインや色の組み合わせの技法をプリントでも活かしていきたいと考えたことは私にとっては自然なことでした」とフィオンさんは言います。そうして現在リバティ社で手掛けているプリントデザインにも携わることになっていったそうです。

海外で受けた刺激が、キャリアの下地に

フィオンさんが英国以外で過ごしたのは、実はこの時のイタリアだけではありません。美術大学在籍前は、語学を学ぶためにフランス、ロシア、さらには中国にも暮らしていた経験もあるそうです。そこで触れた文化や訪れた美術館で鑑賞した品々は、彼女にとって忘れられない大切な記憶となっているとか。そして、それらは現在の彼女のリバティ社でのキャリアの下地となっていったとしても過言ではないでしょう。「リバティ社の創立者アーサー・リバティも旅を愛していました。まだ多くの人が訪れていない土地におもむき、その国々の美術品や装飾品を購入して持ち帰っていました。リバティプリントのアーカイブにも多様性を取り入れたスタイルのものが多く見つかります。伝統を守りながらも、時には異国の文化や工芸から新しいインスピレーションを得る。それらは私たちにとってとても大切なことだと考えています。だから私は若いデザイナーにこそ、たくさん旅をして違う国で数々の文化にふれることを強く勧めています」

日本のファンの熱意に感動

デザイナーとして英国でのリバティプリントのコレクションに携わる一方で、フィオンさんは年に二回、日本を訪れて新作を紹介する役目も請け負っています。「日本の方々が、信じられないくらい素敵にファブリックを利用していることを見聞きすることもしばしば。そのたびに日本で深く愛されているリバティプリントの位置づけを知り、心から有り難く感じます」。昨年は大阪に出店したポップアップストアで、お客さんを前にドローイングを実演。そこには彼女の予想をはるかに超える人数が集まり、胸にせまるものがあったそうです。「ロンドンで同じようなイベントをしても、日本のように大勢の方々に喜ばれる熱気あふれるものにはならないはず。改めてリバティプリントの日本のファンに感謝し、リバティ社でデザイナーとして働ける幸運をありがたく思いました」

日常に溶け込む日本の美に心奪われて

毎シーズン、コレクションを制作していくなかで、フィオンさんが最も好きなのはデザインに色を付けていく作業だそうです。「色はドラマチックな効果を与えてくれます。また同じデザインでも色を変えることで印象ががらりと変わるのです」。そんなフィオンさんにとって日本はインスピレーションの宝庫。新宿御苑の木々や、代官山のおしゃれなブティックに並ぶ服、さらにはお弁当の中身にまで、はっとさせられる色にあふれているとか。いつか都会だけでなく、田園風景が広がる地域にも旅をして、日本の歴史や風土、文化をさらに学び、肌で感じていきたいと願っているそうです。

photo: Miki Yamanouchi
edit & text: Miyuki Sakamoto